三宅島大学誌

2011〜2013年度にかけて実施した「三宅島大学」プロジェクトをふり返ります。

3月9日のクッキー(2014)

◎この文章は、2014年3月10日(月)にFacebookの「ノート」に書いたものです。(原文のまま)

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海はとても穏やかで、船はほとんど揺れなかった。みんなでデッキに集まって、カズさんにもらったシャンパンを飲みながら、島が遠ざかっていくのを見ていた。日差しが暖かい。3月9日は、終わりの日、はじまりの日、そしてサンキューの日だ。

ちょうど3年前の3月9日は、「墨東大学(ぼくとうだいがく) http://bokudai.net/」の卒業式だった。式典は、キラキラ橘商店街のなかにある「京島校舎」でおこなわれた。活動をはじめて間もなく、壁に黒板ペンキを塗って、木村健世さんが「墨東大学」のロゴである「B」を描いた。それから、いろいろな人と出会い、大きな赤い「B」を 眺めながら、たくさん話をした。もつ焼き屋のとなりの「教室」が、とても大切な場所になった。

卒業式の日、受講生の一人が、「B」をかたどったクッキーを焼いてきてくれた。それは、別れを惜しむ気持ちの表れだと思った。続けてきたことが、報われた気持ちになったのを、いまでも憶えている。

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卒業式は、嬉しくて哀しいイベントだ。卒業生を送り出すのは、おめでたいことなのだが、それは同時に「墨東大学」に終わりが近づいていることを実感する節目でもあった。みんな、黒板の「B」は消したくなかった。だから、クッキーは嬉しくて哀しい味がした。

「墨東大学」の卒業式に、文プロの森さんが来てくれた。プロジェクトの成果報告書はまだ書いていなかったが、「島でやりませんか…」と聞かれた。どの「島」なのかわからないまま(教えてもらえないまま)、すぐに「はい」と応えた。それが、「三宅島大学」のはじまりだった。

3年前、「B」のクッキーを焼いてくれた木村亜維子さんは、いまでは、カレーキャラバンのリーダーだ。3年前のサンキューの日が、「いま」に続いているのだ。

森さんに「島」の話を聞いてから3年間、何度も三宅島に出かけることになった。少しずつ島のことを学び、たくさんの人に出会った。「三宅島大学本校舎(御蔵島会館)」も、みんなで利用しているあいだに、居心地のいい場所になった。壁一面を覆う、巨大な黒板も設置された。

学生たちと出かけたときは、みんなで大きなテーブルを囲んで食事をする。素朴なことだが、寝食をともにしていると、お互いの人間らしさがにじみ出る。おのずと、紐帯は強くなる。ぼくは、「加藤研」としてのまとまりを、いままで以上に意識するようになった。

「墨東大学」に関わるチャンスがなければ、6時間半の船旅をすることはなかった。黒板の「B」を消すのを惜しんで、「墨東大学」をしばらく(自腹で)続けなければ、カレーキャラバンは生まれなかった。森さんと、いろいろな話をする機会がなければ、氷見に行くこともなかっただろう。出会いというのは、本当に不思議だ。この3年をふり返るだけでも、数多くの出会いにめぐまれた。出会いがなければ、何も起きなかった。

「三宅島大学」の卒業式には、たくさんの人が参列した。卒業式が終わると、すぐに閉校式。やはり、3年前と同じように、嬉しくて哀しい。前日の夜、ぼくは、黒板に「三宅島大学」の校章を描いた。少しばかり歪んでしまったが、ぼくなりに、感謝の気持ちを込めたつもりだ。

閉校式が終わると、クッキーが配られた。「三宅島大学」の校章だ。海はどこまでも青く、木々の緑は深く、褐色の岩肌は力強い。この3年間、そして、目の前に拡がるこれからに向けて、心から「ありがとう」と言いたい。

3月9日は、終わりの日、はじまりの日、そして、サンキューの日なのだ。

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◎墨東大学 http://bokudai.net/
◎三宅島大学 http://miyakejima-university.jp/

※この文章は、2014年3月10日(月)にFacebookの「ノート」に書いたものです。(原文のまま)