三宅島大学誌

2011〜2013年度にかけて実施した「三宅島大学」プロジェクトをふり返ります。

「三宅島大学」をふり返る(2)

ニーズ主導から、可能性志向へ

「アートプロジェクト」や「地域活性化」というテーマに取り組む際、少なくとも二つのアプローチを考えることができる。まず、私たちに比較的なじみ深いのは、地域における諸問題を同定し、それに対する解決方法を探るというアプローチだ。たとえば図1のように、地域をめぐる問題状況のマッピングが行われ、対処方法や優先順位の検討、さらにはコストの試算・配分等についての議論がすすめられる。図は、例示のために簡略化してあるが、問題状況は、その規模や緊急性、抽象度に応じて分類される。「アートプロジェクト」は、たとえば少子高齢化、生涯学習、“シャッター商店街”、コミュニティの喪失など、私たちが日頃マスメディア等で目にする「地域活性化」に関わる問題や課題とともに語られることが多くなった。このアプローチは、「問題(課題)ありき」でスタートするので、「アートプロジェクト」は、これらの「問題(課題)」の理解や、解決のための方法として位置づけられることになる。

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図1:ニーズにもとづいた問題状況のマッピング Kretzmannほか(1993)を元に作成 [註1]

Kretzmannらは、こうした“ニーズ主導(needs-driven)”とも呼ぶべきアプローチ自体が、問題状況に向き合う当事者たちを、必要以上に「クライアント化」する可能性があると指摘する。ひとたび地域コミュニティにおける「問題(課題)」が提示され共有されると、当該の「問題(課題)」にかかわるアクターやその役割関係が固定的になりがちだからである。また、地域に固有の問題でありながら、不特定多数の人びとを「受け手」に想定した記述、報道がなされると、問題状況そのものが、あたかも「他人事」であるかのように対象化されることになる。

近年、アメリカ、オーストラリアを中心に、Asset-Based Community Developmentアプローチ(以下ABCDアプローチ)の実践が拡がりつつある。同アプローチは、地域におけるニーズを発掘し、それに対して 「問題解決」を試みるという“ニーズ主導”の発想ではなく、まずは地域のもつ「資産」を熟知し、その潜在的な可能性を模索するものである。 つまり、“可能性志向(capacity-focused)”という立場から、地域に偏在する多様な「資産」の理解を試みることになる。ABCDアプローチでは、ことなる発想でマッピングを行う。図2のように、地域コミュニティが保有する「資産」を、個人の属性・能力、地域における集まり、地域の組織・施設から構成されるものとして位置づけ、地域の「強み」(潜在的な可能性)を可視化しようと試みるのである。

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図2:ABCDアプローチによる地域資産のマッピング Kretzmannほか(1993)を元に作成 [註2]

たとえば、地域の組織・施設のひとつであるコミュニティ・カレッジは、次のような側面から「資産」としての価値をもつと評価することができる(註3)。

  1. 教員・スタッフ:高度な専門知識・技能をもつ人財の集まりとして、地域コミュニティへの貢献が期待できる。新規科目の提案や学生たちのボランタリーな参画など、双方向の交流へとつながる可能性がある。
  2. 空間・施設:さまざまな集まりのための物理的な空間を供与できる。たとえば稼働率の低い時間帯は「外部」の活動主体に開放する。屋内スペースのみならず、屋外の駐車場やスポーツ施設、キャンパス内のランドスケープ(公園としての機能を果たす)も地域資産としての価値を発揮しうるだろう。
  3. 機材・備品:施設面のみならず、コミュニティ・カレッジが備えるさまざまな学習のための環境も役立つ。コンピューターをはじめ、AV機器、工作機械、書籍などは地域コミュニティに開放され有用に活用されうる資産価値を備えている。
  4. ノウハウ:当然のことながら、コミュニティ・カレッジ内で提供されている講座や実習は、地域に直接的に役立ちうる知識・知恵の集積として理解することができる。
  5. 経済的貢献:また、直接的には雇用機会の創出という形で地域コミュニティに貢献しうる。

ABCDアプローチでは、このようにさまざまな観点から「資産」をマッピングした上で、地域コミュニティにおける潜在的なパートナーを考え、そのパートナーとの紐帯を強化するための方法・方策を検討する。そして、最終的には個別具体的なアクションへと結びつける。「三宅島大学」は、このABCDアプローチの考え方を参考にしながら構想した。開校時(2011年9月)には、「調査・研究」「講座・行事」「環境・設備」という、相互に関連する3つの活動領域とともに実装された。

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出典:三宅島大学オフィシャルサイト http://miyakejima-university.jp/structure

  • 調査・研究:三宅島の地域資源を再発見・再評価し、その潜在的な可能性を模索し、発信する。
  • 講座・行事:地域コミュニティ内外の多様な人々の出会いや交流、コミュニケーションを誘発する。
  • 環境・設備:交流拠点の整備、情報発信ツールの開発、人材の育成などをおこなう。

私たちは、それぞれの領域における活動をとおして、三宅島の潜在的な可能性(キャパシティ)を理解しようと試みた。「三宅島大学」という「アートプロジェクト」は、そもそも探索的・構成的な活動としてデザインされていた。その意味で、「三宅島大学」プロジェクトは、(あらかじめ可視化されていた)「問題(課題)」を解くことよりも、(まだ見たことのない)「潜在的な可能性」を発見することを志向していたと言えるだろう。

(つづく)

 

参考

  • 加藤文俊(2011)メタファーとしての〈大学〉:地域資産を評価するコミュニケーションのデザイン『地域活性研究』第2号(pp. 17-24)
  • Kretzmann, J. and McKnight, J. (1993)Building communities from the inside out: A path toward finding and mobilizing a community’s assets. Skokie: ACTA Publications.

註1:Kretzmannらによる記述はアメリカにおける事情を前提としているため、訳出する際に日本の文脈に合わせて加筆・修正した。ここで重要なのは、記載されているキーワード自体ではなく、問題状況のスケールや抽象度に応じてニーズにもとづくマッピングが行われるという点である。

註2:地域における「資産」に着目する発想においても、日本の文脈に応じて、適宜改訂しながら訳出した。たとえば海外諸国における文脈では、エスニック・グループによる集い、教会等での集いなど、地域コミュニティにおける集まりにはいくつものバリエーションがある。また、図ではスペースの都合で割愛したが、Kretzmannらのマッピングでは、障がい者をはじめとする社会的参画が難しいと理解されがちな人びと(labeled people)の属性・能力も記載されている。文中の図は、網羅的なものではなく、いくつかのスケールで地域における「資産」を列挙する事例として用いている。

註3:コミュニティ・カレッジはアメリカの公立/州立の2年生大学であり、日本の文脈にはややなじみにくい。地域コミュニティの住民に高等教育を提供する組織・施設として理解すれば、類似の機能を果たす(果たすべき)存在として本論のストーリーに位置づけることができるはずである。